著者 : Ville Koskinen   2021年3月17日投稿のブログ記事 (元の英文記事へのリンク)

このセーターにはどれくらいのカシミアが使われているか?

 カシミアやアンゴラなどの贅沢な獣毛を使ったテキスタイル(布地、織物)は高値で取引されます。ブルームバーグの報道によると、2016年の世界の輸出額は、カシミア衣料だけで14億ドル(約1,600億円)に上るそうです。ビッグマネーは詐欺師を惹きつけます。カシミアと称する商品がネズミの毛皮のような全くの別のものであることもあります。このような背景から、国際標準化機構(ISO)は、繊維製品に含まれる動物性繊維を特定し混紡率を定量化するための新しいプロテオミクス手法、ISO 20418-3:2020を標準化しました。

この新規格は、ISO 20418のパート3にあたります。パート1とパート2は、顕微鏡による繊維の識別と、標準的なプロテオミクス手法による定量化を扱っています。しかし、いくつかのケースではこれらの規格で対応できません。例えば繊維が染色などの化学処理を受けている場合、目視による顕微鏡での判別は困難です。また、DTTによるタンパク質の還元とそれに続くヨードアセトアミドによるアルキル化はペプチドMS1強度測定の再現性に影響を与えますが、動物の毛髪繊維は主にジスルフィド架橋を持つケラチンで構成されている事もあり、還元アルキル化はどうしても必要な処理であると考えられます。

 今回の新しい手法は、日本の独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)バイオテクノロジーセンターの研究に基づくものです。論文はAtaku et al, Sen'i Gakkaishi 71(3), 141-150, 2015として発表されています(経済産業省のプレスリリース)。重要なポイントとして、システインを含まないペプチドに着目しジスルフィド結合に関する問題を回避した事が挙げられます。また、異なる種類の糸を解いて分離しようとせずに、ビーズ式のサンプル破砕を行って粉末化するという工夫もされています。著者らはペプチドレベルでそれぞれの種を一意に識別できるのであればタンパク質の同定は必要ないと考えました。そのため、ビーズ式のサンプル破砕の後、サンプルに対して還元アルキル化を行わずに直接トリプシンで消化します。

 ISOのもととなる論文では、カシミアヤギ(Capra hircus)、ヒツジ(Ovid aries)、ヤク(Bos grunniens)の3つの動物種について、混紡生地を含めて検討しています。52の織物サンプルを対象に標準的なMascot検索を行ったところ、約1000のペプチドが同定されました。その中にはシステインを含まずユニークなマーカーペプチドの候補がいくつかありました。そこからさらに著者らは、合成ペプチドを分析して確認した再現性とLC分離が明確であるという観点に基づいて、ユニークなマーカーペプチドをそれぞれの生物種につき1つ選択しました。また新しいサンプル調製法を適用し、色素や物理的な複雑さに影響されず一貫した再現性のあるMS1ペプチド強度が得られるようになっています。

 当時の研究著者には利用できなかったサービスですが、ユニークぺプチドの配列について先月のブログ記事(英語版日本語版)で紹介したUnipeptのトリプシン断片検索にかけてみました。カシミアのペプチドSDLEAQVESLKEELLFLKと羊のウールのペプチドMASLLEQALATLVK(タンパク質のN-末端にメチオニンを含む)は、確かにこの2つの種に特有のものです。yakのペプチドMASLLEQALATLVRBos mutus(野生のヤク)とBos taurus(ウシ)にマッピングされた結果がでます。しかし、牛の毛を糸にすることはほとんどないので、混乱することはないでしょう。

 混合比率を定量化する際の工夫として、マーカーペプチドのピーク面積を共有ペプチドの強度の合計で正規化しています。正規化されたピーク面積と,相対的なタンパク質含有量,コンタミ,抽出効率,MS感度の違いを考慮した重み付け係数に基づいて,計算式を導き出すことができます。測定された混合比は、以前の方法と驚くほど一致しています。ISO規格では論文で提唱された方法を拡張し、他の商業的に重要な種、ラクダ(Camelus ferus)、アルパカ(Vicugna pacos)、アンゴラウサギ(Oryctolagus cuniculus)も対象としています。


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