Mascot Distiller レポート作成の自動化:MSstats レポート
前回のブログ記事「コーディングアシスタントによるデータ処理とレポート作成の自動化」では、mascot-parser のスキルをご紹介し、QC プロットを描く例をご紹介しました。今回はその続編で、Mascot Distiller で使用可能なスキルをご紹介します。今回の例ではDistiller の結果から MSstats フォーマットのファイルを保存するための新しいレポートを作成します。
Mascot Distillerには様々なケースに適用可能なの多くのレポート作成機能がデフォルトで存在しますが、事前に準備したフォーマットだけではユーザーの希望に対して完全には対応する事ができません。そこで、Pythonプログラミング言語を使用してレポートをカスタマイズして作成できるフレームワークをMascot Distillerに実装しました。この独自のレポート作成機能に関するチュートリアルも既に公開しています。
スキルをインストールすれば、LLMを使用してMascot Distillerファイルとやり取りできるようになります。このスキルには、新しいレポートを作成するためのテンプレートや手順も含まれています。
Mascot Distillerのレポート作成
Mascot Serverのmascot.dat設定ファイルには、Mascot Server自体でプロセスを実行するために使用できるフックが準備されています。これは検索がどのような方法で送信されたかとは無関係に動作し、すべての検索で実行されます。この仕組みはExecAfterSearchと呼ばれます。実行時のパラメーターは%resultfilepathと%resultfilenameの2つしか提供されませんが、設定ファイル内に追加の固定パラメーターを含めることが可能です。この機能の優れた利用例として、次のようなコマンドを用いて、すべての検索後にQCレポートを実行することをご紹介します。
ExecAfterSearch_0 waitfor:0;logging:3, Running QC, ../bin/my_qc_script.exe %resultfilepath
MSstats レポート
MSstatsのフォーマットは非常にシンプルで、Distillerの出力にはレポート作成に必要なすべての情報が含まれています。私は「/mascot-distiller」スキルを使ってLLMを起動し作成を始めました。このセッションにおける記述内容も公開しています。数回の繰り返しとテストを経るだけで、MSstatsにてすぐに使用可能なCSVファイルを生成する新しいDistillerレポートが完成しました。当社のGitHubリポジトリでも公開していますので是非ご活用ください。これを活用することで、似たような内容を作るために使用するトークンを節約することができます。
新しいスクリプトファイルを"C:\Program Files\Matrix Science\Mascot Distiller\reports"フォルダ内に貼り付けると、次回Mascot Distillerを起動した際に利用できるようになります。一度レポートが登録されれば、中身の書き換えはDistillerの再起動を必要としません。作成したレポートを利用するためには、Distillerで定量計算を実行したのち、メニューからAnalysis → Reports → Custom → MSstats Format Exportを選んでください。ダイアログとして現れるウィザードの手順に従ってパラメータ入力を行うことで、MSstatsのdataProcessワークフローで直接取り込むことができるCSVファイルを作成する事ができます。
出力は標準的なMSstatsのロングフォーマットで、以下の通りです。:
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Column |
Value |
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ProteinName |
タンパク質のaccession |
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PeptideSequence |
修飾内容も含めたペプチド配列 e.g. IGS(Phospho)TENLK |
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PrecursorCharge |
プリカーサーの電荷 |
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FragmentIon / ProductCharge |
DDA定量データでは使用しない項目です |
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IsotopeLabelType |
(定量)ラベル方法 (「L」はラベルフリー定量を表す) |
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Condition |
実験グループ |
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BioReplicate |
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Run |
Rawファイル名 |
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Intensity |
プリカーサー強度(測定値) |
このレポートは、タンパク質およびペプチドマッチごとにMS1定量結果を処理し、各rawデータファイルでの定量値を記録するとともに、ペプチド修飾情報を整理したり、実験グループごとに生物学的反復番号を割り当てたりしています。ラベルフリーのリン酸化解析、4条件のDIA解析、および50万件を超える測定データを含むDIA-SILACデータセットで動作を検証しました。
MSstatsの分析例
私が最近ASMSのポスター発表に向けて取り組んでいたデータセット、PRIDE PXD037506をテストデータとして使用しました。このデータは前立腺がん診断のための新規バイオマーカーの同定を目的として、尿中の細胞外小胞をプロファイリングしたDIAデータセットです。現在DIA解析をサポートするMascot Distillerのベータ版をテストしており、まもなくリリース予定です。私は、40名の参加者からなるデータセットの一部(症例5例、対照5例)を計算済みで、この結果を出発点としてMSstatsレポートをエクスポートしました。
得られたCSVファイルをMSstatsで解析し、MSstatsに付属する複数のサンプル解析(vignette)に加え、試料に適したいくつかのレポートを用いて処理を行いました。MSstatsレポートを使用する前に、Condition 列のサンプルごとのラベル(10条件、それぞれ1回測定)を、2つのグループ(Normal/Cancer) に再割り当てする必要がありました。この情報自体はMascot Distiller内には保存されていますが、現時点ではプログラムからアクセスできないため、エクスポートすることができません。この点については、今後のリリースで改善される予定です。今回代替処置として、レポート使用の前に簡単なスクリプトを実行して、このラベルの変更を行いました。
以下に、MSstatsが出力するプロットの例を示します。品質管理(QC)プロット(下図)は、equalizeMedians 正規化を適用した後、各測定データにおけるタンパク質レベルの正規化後の定量値を示しています。このプロットをチェックすることで、サンプル間比較を行う前に正規化が期待どおり機能していることを確認できます。ここで問題がなければ、その後の解析でデータ間に見られた定量値の差異が、サンプルロード量や測定深度の違いによる影響ではなく生物学的な違いを反映していることを意味します。サンプル N5 は測定品質がやや低く外れ値気味ですが、許容範囲内と言えるでしょう。
論文中で取り上げられているタンパク質について、各ペプチドの挙動を確認するプロットも出力できます(下図)。十分な数のペプチドが定量されており、タンパク質レベルの推定値はペプチド群の中央付近に位置していることから、一部の外れ値ペプチドに大きく影響されていないことが分かります。特に SERPINA3 と LRG1 では、Normal群とCancer群のデータ点の間に明瞭な分離傾向が見られ、これらがバイオマーカーであることと整合しています。一方、中段および下段のプロットに示したタンパク質では、検出されたペプチド数が少なく、欠測値から補完(imputation)された値も多く含まれています。これらについてもNormal群とCancer群を視覚的に区別できる傾向は見られますが、その差が統計学的に有意であるかどうかは、log₂FC(log₂ fold change) および調整済みp値(adjusted p-value) を確認して判断する必要があります。
最後の図は、MSstatsの線形モデルに対するモデルベースの品質管理(Model-based QC) を示しています。この図では、MSstatsが算出するp値の前提となる2つの仮定、すなわち1. 残差が正規分布に従うこと、2.残渣の分散が等分散性(分散が一定である)こと、が満たされているかを確認することができます。評価には、データセット全体の各タンパク質に対して構築された線形モデルから得られた残差をまとめて利用しています。下図左側のResidual Q–Qプロットでは、観測された残差(青)を、完全に正規分布に従う場合に期待される分位点(赤い対角線)と比較しています。中央付近では残差は概ね正規分布に従っており、モデルが良好に適合していることが分かります。一方、両端では赤線から外れる傾向が見られ、正規分布が予測するよりも大きな正または負の残差が多く存在することを示しています。これはプロテオミクスデータでは一般的な現象であり、極端な測定値がモデルでは完全には表現できていないことを意味します。下図右側のResiduals vs Fittedプロットでは、残差は定量値全体にわたってゼロ付近を中心に分布しており、明らかな曲線状の偏りや傾向は認められません。これは、モデルが特定のシグナル強度に対して系統的なバイアスを持たないことを示唆しています。また、残差のばらつきもほぼ一定であり、MSstatsによるlog変換が適切に機能していることを示唆しています。低定量値および高定量値領域で残差の広がりがやや小さくなっていますが、これは分散が小さいためではなく、該当領域のデータ数が少ないことによるものです。
全体として、MSstatsの性能を十分に評価するには、本来は40サンプルすべてを用いて解析を行う方が望ましく、さらに各群のサンプル数が多いほど、フォールドチェンジの推定精度や統計的検出力も向上します。
Keywords: AI, Mascot Distiller, reports, statistics


