2026年7月号 (#140)

今月のブログは、Bruker社の timsTOF 装置から得られた Thunder-DDA-PASEF データの解析についてです。

今月の論文は、マウス精巣のヒストンにおける L-乳酸化および D-乳酸化修飾に関する研究です。

今月のお知らせは、IMSC 2026についてです。

Mascotニューズレターのバックナンバーはこのページ(英語版日本語版)からご覧いただけます。ご一読の上、ご意見・ご質問等ございましたら、お気軽にお問い合わせください。

Thunder-DDA-PASEFデータの処理

Thunder-DDA-PASEF は、Bruker社の timsTOF シリーズにおける LC-IMS-MS 用に最近導入されたデータ取得方式です。この手法の名称は、1/K₀(イオン移動度)軸 と m/z軸 に適用されるフラグメントイオン分離フィルターが、稲妻(thunder)のような形状をしていることに由来しています。 この解析方法を利用する事で、HLAlps [ HLA(Human Leukocyte Antigen)クラスIペプチド]の特徴をより適切に捉えることができます。HLAlpsの解析では、一価のプリカーサーイオンでペプチド長が狭い範囲に分布することが多いためです。

Mascot Distiller は、DDA-PASEF データの読み込みが可能ですが、その中には Thunder-DDA-PASEF も含まれています。今回、私たちは血漿サンプルであるjPOSTプロジェクト PXD040385 rawデータを再解析し、通常の DDA-PASEF と Thunder-DDA-PASEF の結果の比較を行いました。デフォルトのデータ処理設定に、プリカーサーイオンのグループ化のために用いられるパラメーター"precursorIonMobilityGroupTol"が含まれています。これは 1/K₀ の許容範囲(tolerance)の数値を設定します。今回の解析ではこの値を 0.01 に設定しました。これはデフォルト値の 0.026 よりも厳しい基準です。

データベース検索の条件は、元論文で使用された設定に基づいています。配列データベースには、論文で使用された複数生物種(mixed species)のデータベースを用い、ペプチド切断は酵素特異性を設定しない(None)条件で検索を行いました。検索結果はMS2PIP および Percolator を用いた機械学習によって更にrefinementしました。

通常のDDA-PASEF 法では、1% FDR 基準で4,937の有意なペプチド配列同定が得られました。一方、Thunder-DDA-PASEF 法では 8,814となり、約80%の増加となりました。また、外部プログラムNetMHCpan によって HLAクラスIペプチドと予測した長さ8〜13アミノ酸のペプチド数は、DDA-PASEFが2,919であったのに対し、Thunder-DDA-PASEFでは4,860となり、大幅に増加しました。詳しい内容についてはこちらのブログ記事(英語版日本語版)をご覧ください。

マウス精巣のヒストンは、L体およびD体の両方の乳酸化修飾を受けている

Both L-Lactyl and D-Lactyl Enantiomers Modify Histones in Mouse Testis

Julie Manessier, Hassan Hijazi, Lisa Vizzini, Sabine Brugière, Marie Courçon, Christophe Masselon, Alberto de la Iglesia, Julie Cocquet, Delphine Pflieger

Molecular & Cellular Proteomics, 25(7):101601, July 2026, doi:10.1016/j.mcpro.2026.101601

ヒストンに生じる動的な翻訳後修飾は、遺伝子発現の制御において重要な役割を果たしています。リジン乳酸化(lysine lactylation)は近年発見されたヒストンの翻訳後修飾であり、L-乳酸化とD-乳酸化という2種類の鏡像異性体(エナンチオマー)が存在します。筆者らは、健常マウス組織中のヒストンのリジン残基に生じたこれら2種類の乳酸化修飾を同定するため、ターゲットLC-MS/MS解析法を開発しました。

成体マウスの精巣からヒストンを抽出し、L-乳酸化またはD-乳酸化を施した重同位体標識合成ペプチドを内部標準として添加しました。LC-MS/MS解析後、rawデータは筆者らが独自に開発したソフトウェア「MGFBoost」を用いてピークリストへ変換されました。DDA(Data-Dependent Acquisition)データはMascot Server 2.8で検索し、その後Prolineで解析を行い、アセチル化の修飾率(訳者注:stoichiometry の意訳)を推定することで、乳酸化との比較を可能にしました。さらに、Skylineを用いて重同位体標識合成ペプチドを内部標準としたPRM(Parallel Reaction Monitoring)定量解析を行いました。

研究グループはヒストンH3およびH4の複数のリジン残基において、L-乳酸化とD-乳酸化の両方を同定しました。通常の細胞内ではL-乳酸の方が豊富に存在する事が多いですが、今回の解析ではいくつかの修飾部位でL-乳酸化とD-乳酸化がほぼ同程度の割合で存在していました。ヒストンH3およびH4全体でみると、乳酸化の修飾率は約0.01~0.44%と低い値でした。しかし、ヒストンH3およびH4のC末端領域ではアセチル化よりも乳酸化の方が多く存在し、さらにヒストンフォールドドメインでも乳酸化の割合がより高くなることが分かりました。筆者らはこの結果について、L体とD体の両方の乳酸を生み出す代謝機構が存在する可能性、あるいはL体・D体の両方によるヒストン乳酸化を引き起こす別の基質が存在する可能性を示唆しています。

IMSC 2026

8月にフランス・リヨンで開催される IMSC 2026 にぜひお越しください。弊社では8月22日から28日まで開催される会期中、ブース #40 に出展しています。ぜひブースにお立ち寄りいただき、最新版 Mascot のデモンストレーションをご覧ください。

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